城砦 アラフィフ引きこもりの言い分 2
柊子が卒業後、大手電機メーカーに就職したことを僕は彼女自身から聞いていた。そしてその後3年ほどで彼女がその会社を辞めたことは風の便りに聞いた。柊子の話はあちこちで具体性を欠いていて判然としないところが多かったけれど、僕なりに総合すれば彼女が彼女の言うところの「引きこもり」になったのはその時かららしい。だとすれば彼女の引きこもり歴はかれこれ25年にもなる。引きこもりという言葉そのものは僕にとって驚くことではない。僕自身、勤めていた会社が倒産して職を失った後、何をする気にもならず半年あまりバイトもせずぶらぶらしていたことがある。そうは言っても僕らはもう40歳代後半だし25年はあまりにも長い。僕にとっての25年前は遠い昔だ。その間に僕は2度職場を変わり、離婚をし、引っ越しもした。そういえばあの頃、ニューヨークの高層ビルに旅客機が突っ込んだ。テレビでは黒煙を上げるビル、そして更にその隣のビルに2機めが激突し火の手が上がり無数の残骸が飛散する映像を繰り返し流していた。25年、25年、と僕は頭の中で反芻した。
25年間の引きこもり。次のステップに踏み出す勇気を出せずに時間だけが過ぎてゆく、世界から自分だけが取り残されてゆくという焦り、後ろめたさ、居心地の悪さ、柊子の心境は荒波に揉まれているはずだ。決して楽しい話ではないと予想はつくけれど、僕が水を向けた以上は彼女の話に耳を傾ける義務があるような気がした。
ところが次に彼女の口から出てきたのは「私がこうなったのは親のせいなの。」という、僕の想定していなかった、そして幾分ショッキングな言葉だった。「親のせい」という言葉には深い淵に身体が沈み込んで行くような重さと暗さがある。いったい何があったのだろう?。親たちの行為が娘に引きこもりを余儀なくさせるに至るとは尋常ではない。いったいどんな酷い仕打ちをしたのだろう。過剰体罰?、ネグレクト?、まさか性的虐待?、不穏な想像が幾つも脳裏をかすめる。もし性的虐待といった話ならば彼女がそれを打ち明ける相手として僕は適任ではない気がする。僕はそういった話を聞いて適切な反応ができる専門家ではないし、友人として話したいのだとしても男性である僕ではなく、女性に話したほうがよいのではないだろうか。できればこの先を聞きたくないなと僕は思ったけれども、今さら逃げられない空気を感じたので覚悟を決め、何を話されようと受けとめる体制を整えた。
アラフィフ引きこもりの言い分 2
アラフィフ引きこもりの言い分 6
アラフィフ引きこもりの言い分 7
0コメント