城砦 アラフィフ引きこもりの言い分 4
僕は一度だけ会ったことのある彼女の両親がどんな風だっただろうと思い出してみた。おぼろげな記憶ではあったけれど、父親は浅黒く日焼けして大きな声で話す気さくな人で、どことなく体育会系の趣があった。母親は柊子よりもひとまわり背が低くて、育ちが良さをうかがわせる上品な話し方をした。そういえば父親が僕らに食事をふるまうために別室から重たそうなテーブルを運んできた、その様子だけをなぜか鮮明に覚えている。
柊子は続けた。「食事にしてもそうなの。私の嫌いなピーマンは容赦なく出てくるけれど、妹のきらいなセロリは滅多に出てこなかった。もう鬼親としか言いようが無いでしょ。あの人たちは私を虐めることで自分たちの中にたまっているストレスを私にぶつけていたのよ。私が7歳のときよ。もっと前からだったかも知れないけれど、幼児の頃って親が全てだからそういうものだと思って何も感じなかったんだと思う。私が覚えていないだけで多分妹が生まれた時点から始まったのよ。妹が生まれて私は不要になったのね。」柊子の口調が怒気を含んできたので僕は周りが気になり始めた。日曜の午後とあってカフェはそれなりに混んでいる。にもかかわらず僕らのテーブルの両側は空いている。ひょっとすると、柊子の口調や話す内容が尋常でないので両側の客が退散したんじゃないかという勘ぐりが胸に湧いてきた。一方、彼女のほうはというと周囲の様子などまるで眼中にないようだ。同世代の女性としては幾分デリカシーを欠いているように感じて僕は内心で首をかしげる。柊子は昔からこんな人だっただろうか?。
「体罰とかはあったの? 叩かれたりとか、どこかに閉じ込められたりとか、鍵をかけられて家に入れなかったとか。」と僕は水を向けた。けれどもその一瞬後には彼女の話を長引かせるようなことを不用意に言ってしまったことを後悔した。「そういうは無かったと思う。でもはっきり言うと、叩かれようと何されようと肉体的暴力のほうがまだマシなのよ。そういうのは忘れようと思えば忘れられるじゃない?」「そうかな?…」僕はそうは思わない。「あの鬼親がしたことはもっとずっと陰険なものよ。」彼女の言葉が異様な熱を含み始めていた。けれど言葉を発している彼女には不思議なほど体温を感じない。「あの人たちは、じわじわと時間をかけて私から自立心や自尊心を剥ぎ取っていったのよ。その結果、私は家の中で自分の意志を言えなくなったのよ。早い話、親の言うなりになるしかなくなったの。鬼親よ。正真正銘の鬼親。」
僕はふたたび品格と温厚さをほどよく感じさせる彼女の両親の姿を思い出した。あの人たちが彼女の言うような「鬼親」なのだろうか?彼女の一方的な被害妄想ではないのだろうか? 僕は内心で、いま目の前にいる彼女ではなく、30年前に一度会ったきりの彼女の両親のほうの肩を持ちたい気持ちが強くなってきた。けれども今日のところは彼女に話したいだけ話させておいたほうがいい。
アラフィフ引きこもりの言い分 4
アラフィフ引きこもりの言い分 7
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