城砦 アラフィフ引きこもりの言い分 6

「まぁ入社直後からいろいろあったんだけどね。私と幾つも歳のちがわない、バブル期入社の上司は自分の指示の仕方がよくないのを棚に上げて私が指示通りのことを出来ていないってブツブツ言い続けるし、同じくバブル入社組のババアはといえば、やれオフィス内でメイク直しするなだのノースリーブ着てくるなだの、仕事と関係無いいちゃもんを連発するし。あれだからバブル入社組は困りものよね」 ふと気付けば窓の外は夜の街だった。彼女の背後の壁に掛かった時計は6時をまわっているので、かれこれ4時間も話し込んでいることになる。いや話し込んでいるのではない。彼女の独白を僕はひたすら聞いているだけだ。「増田君はどうだったの?」とか「そっちは仕事楽しい?」とか、会話のボールを僕に渡そうという気持ちがさらさら起きないようだった。気付かないのだろうか?


「わたしだって子供じゃないから、最初のうちはけっこう我慢していたのよ。けれど、私っていい加減なことが嫌いなの。許せないのよ。やるべき時にやるべきことをやらないのって気持ち悪いじゃない。わかるでしょ?」「うん、まぁそうだよね」「私ね、完璧主義なの。子供のときからなんでも全力でやってきたからかしら、なんでも完璧にやりとげるっていうポリシーを変えられないの。よく人からは『頑張りすぎ』って言われるのよね。自分ではそれほどだと思わないんだけれど。どう思う?」「そういえば、そういうところがあるかもね」…僕は調子を合わせた。


正直のところ、彼女が自分で言うほどの完璧主義で、人から頑張りすぎと言われるほどに頑張りすぎなのか、僕には分からない。ただ一つ言えることは、自分で自分のことを完璧主義と言い切る人間というのは大抵、何かに取りかかるモチベーションが足りないことや、初めての試みに踏み出す勇気がないこと、あるいは何かをやり遂げられなくて途中で投げ出すことの言い訳に「完璧主義」を持ち出してくる似非完璧主義者だということだ。真の完璧主義者とは完璧な結果を日々出し続けている人のことを言うのであって、しかもそういう人たちは自分のことを完璧主義だと思っていないものだ、と僕は思う。それはさておき、ここは彼女を邪魔せずに喋りたいだけ喋らせよう。


「そのうち私の完璧主義がどうしてもあたまをもたげて来ちゃってさ、だんだん上の人たちの怠慢や同期・後輩の意識の低さに我慢ができなくなってきちゃったのよね。そうは言っても面と向かって叱責するのも意味ないじゃない。だから私なりに考えて、改革に乗り出すことにしたの。」「改革?」「そう。改革。まず、たるみきった社内を引き締めるために私が幾つかのルールをつくったの。たとえば入社後1年以内の新人は始業30分前に出社して全員の机を拭く、コピー機に十分用紙が入っているか確認して、もし減っていたら補充する、入社2年以上の先輩が帰るまで入社1年以内の新人は帰らない…とかね。」



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ひろたよしゆき フリーライター 翻訳者