城砦 アラフィフ引きこもりの言い分 10

「まぁ、でもお父さんもお母さんも かなりのお歳なんじゃない? 幾ら貯金があると言っても、自分たちの暮らしだけでも楽ではないはずだよ。柊子が家にいることを許してくれて 生活費も負担してくれているのだったら、…恵まれているというのは言葉が適切じゃないかも知れないけれど、まだ救われている部分があると言えないことも無いんじゃないかな?」、二重否定のオンパレードだ。柊子を再燃させずに話をまとめるためとは言え我ながらずいぶん回りくどいコメントになった。「まぁそうかもね。けれど私は別にありがたいとも思わないし、ましてやあの人たちに悪いなんて これっぽっちも思ってない。あの人たちが私の面倒を見続けるのは 当然のことよ。贖罪よ。」「ショクザイ?」僕にはすぐに《贖罪》という漢字を当てることができなかった。ショクザイ?


「早い話、償いよ。過去にあの人たちが私にしたことの罪を償っているのよ。私は被害者であの人たちは加害者よ。加害者は被害者に対して損害賠償しなくちゃいけない、そうでしょ?」僕は何かを言おうとしたけれどそれが明瞭な形を持たないうちに何を言おうとしたのか忘れてしまった。あるいはどうでもよくなった。沈黙がやってきた。その沈黙には柊子が言いたいこと、言うべきことを言えたという安堵が混ざっていて、柊子と僕との両方にとって 心安まる沈黙だった。だから僕は唐突さを気にすることなく、「そろそろ帰ろう」と、さっぱり言うことができた。11時半だった。


私の話を聞いてもらってばかりだったからお茶代は私がぜんぶ出す、という柊子の申し出を僕は頑なに断って割り勘にこぎ着けた。自分ばかり話していたことに気づけたのなら上々だ。それより下手に驕ってもらうとまた会って話を聞いてくれと言われたときに断りづらい。空からは雲が流れ消えて星が出ている。こんな都会でも星を見ようと思えば そこに星はちゃんとある。


彼女が引きこもったとき彼女は23歳だった。仮に彼女が生まれてからその時まで彼女の両親がずっと彼女をしばりつけていたのだとしても、その後25年間の引きこもりや、それに伴う彼女の生活の負担を当然と言い得るのだろうか? 子供のときは仕方がないにしても、いったん社会人になれば、自分で自分の人生を切り拓ける余地があったのではないだろうか? 実際、彼女のいう「鬼親」のもとに育った人、皆が皆そろって引きこもっているわけではないだろう。この先、親たちの「償い」は何年つづくのだろう? 実際、彼女の言うことが全て本当なのだとしても、今の彼女の両親はまるで微罪に対して極刑を甘受しているかのようだ。それを当のご両親はどう思っているのだろう?、そして彼女より4歳年下の妹には今の彼女がどう見えているのだろう?


あるいは僕が彼女のような人たちを理解し得るだけの見識を備えていないからこういう風にしか思えないのだろうか?引きこもりやニートをよく知っていて支援をしている専門家は 全くちがう見方をするのだろうか?それとも僕には理解力または共感性のどちらか、あるいはその両方が欠けているのだろうか?


終電に飛び乗った後、しばらくの間はそんな思いを巡らしていたけれど、地下鉄が地上に出る頃には、帰りがけに駅近くのラーメン屋で何ラーメンをたべようか?という逡巡に入れ替わっていた。ともかく腹が減っていたのだ。

おわり


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ひろたよしゆき フリーライター 翻訳者